こんにちは。京都オフィスの重永です。
前回、電通総研メディアイノベーション研究部の方を講師に迎えて開催された「広告市場の動向と印刷市場展望」講座の資料をもとに、マーケティングモデルが変わってきていますよというお話しをしましたが、本日はその続き、SNS時代における消費者との関係、次世代コミュニケーションのあり方について考えてみたいと思います。
■変化するメディア環境
ソーシャルメディア時代における次世代コミュニケーションのあり方を考える上で、人々を取り巻くメディア環境の変化について理解しておくことが重要です。
前回のおさらいみたいな内容になりますが、まずはそのメディア環境の変化についてまとめます。
インターネット以前の情報の大きな流れは、テレビ・新聞・雑誌・ラジオのマスコミ四媒体から発信されるものでした。
これは、謂わば水が高きから低きに流れるようなもので、マスコミと一般大衆とのコミュニケーションは縦の一方通行の関係であったと言えるでしょう。
インターネットが登場し、マスコミ以外の存在、個人や個々の企業・団体が独自に情報発信できるようになると、人々は自分の欲する情報を検索して探したり、時には掲示板などのネット上のコミュニティへと質問を発して必要な情報を自由に得たりすることができるようになりました。
もちろんインターネット以前も、マスコミに対してプレスリリースを流したり、あるいは意見の投稿を行ったり、質問を投げかけたりすることはできましたが、対価の必要な広告でない限り、それがマスメディアにて取り上げられるかどうかはマスコミ次第、すなわち、番組の編成権、紙面の編集権はマスメディア側にあり、個人や企業は基本的にそのマスコミから流される情報を一方的に受け取るしかないオーディエンス、すなわち受動的なサービス享受者にすぎませんでした。
また、情報を取得するためのデバイスやチャンネルの多様化により、メディアを流れる情報量が爆発的に増えたことも、大衆がマスメディアによって一度に同じ情報を受け取るということを一層難しくしました。
TVのケースで言うと、地域によって多少の差はあるものの、地上波だけであった時代の人々の選択肢はせいぜい7つほどでしたが、衛星放送・ケーブルTV・BS/CSデジタルと多チャンネル化が進み、人々は自分の欲する情報を自由に取捨選択するようになりました。
さらにはYouTubeなどのユーザー投稿型動画配信サービスの登場により、検索すれば必要な情報が得られる時代になりました。
それは、つまるところ、情報の編成権がマスメディアからオーディエンスの側に移ったとも言えます。
それから2000年代中頃から流行しはじめたWEB2.0と呼ばれる新たなインターネットの利用形態・サービスの発展は、情報の送り手と受け手が流動化し、双方向のやり取りが容易に成立する社会・メディア環境への変化を推し進めました。
さらには、黎明のi-mode時代を経て発展したスマホという携帯情報端末の普及により、Twitter・Facebook・LINE・Instagramなど、現在は多くの人々が利用しているSNS(ソーシャルネットワークサービス)が大いに隆盛しています。
こうしたSNSは、人によっては切り離せない生活の一部になるほど身近なものになっていますし、ビジネスへの活用も当たり前のように行われるようになりました。
そんな現代では、誰もが情報の発信者になれるばかりではなく、そのSNS上で展開されるネットワークの繋がりにより「いいね」を押すだけで情報の共有・拡散が容易にできるような時代なのです。
マスコミがメディアの王様だった一方的な縦の関係性の時代から、双方向にやり取り可能な時代を経て、現在では縦横に広がる人々のネットコミュニケーションの中で情報が流動的に行き来する時代へとメディア環境は変化しました。
それでは、そのようなソーシャルメディア時代における次世代コミュニケーションのあり方について、考えてみたいと思います。
■次世代コミュニケーションのあり方
先日、お正月の初詣で賑わうお寺の境内にベビーカーの利用自粛を要請する立て看板が掲示されていたことで、TwitterなどのSNS上でちょっとした炎上に発展した事例がありました。
簡単に経緯をまとめますと、元旦にTwitterにて「ベビーカーご利用自粛のお願い」と書かれた立て看板の画像と共にお寺側の姿勢を批判するツイートが投稿され、弱者への配慮の有無や、混雑する場所へのベビーカー持込の是非を巡って、BlogやTwitter上での喧々諤々の議論に発展しました。
東京都議の方や乙武さんも参戦し、少子化問題や障碍者差別の問題へも話題が展開しました。
ところが、1月5日になってお寺側の事情を取材した記事がネットニュースサイトに掲載されると、事態は一気に沈静化し、当初批判的なスタンスで発言されていた人々も、発言を削除・修正するなどして、概ね丸く収まりました。(一部ではまだ引きずっているようですが…)
この炎上事件、メディアリテラシーの観点からも非常に興味深い事例なのですが、今回のテーマは「次世代コミュニケーションのあり方」です。
なので今回はその観点から考えたいと思います。
ですが、その前に「広告市場の動向と印刷市場展望」講座の話に戻ります。
講座の資料では、「次世代コミュニケーションのあり方」という項目に、「来るべきソーシャルメディア時代の新しい生活者消費行動モデル概念」として「SIPS」というモデルが紹介されています。
SIPS(シップス)とは、「Sympathize(共感する)」「Identify(確認する)」「Participate(参加する)」「Share & Spread(共有・拡散する)」の頭文字を繋いだ造語で、これまた電通の佐藤尚之氏によって提唱されたものです。
ソーシャルメディア時代の生活者行動モデル概念図「SIPS」
メディア環境の変化により、人々は必要な情報を自ら取捨選択できるようになりましたが、一方でインターネット上に流れる膨大な情報の洪水に飲みこまれてしまいました。
そうした情報の海がますます広く・深くなってきたことで、能動的に検索して自分にとって価値ある情報を見つけ出すということが次第に困難になってきました。
SEO(検索エンジン対策)の隆盛もその困難さに拍車をかけた原因の一つです。
しかし、ソーシャルメディアが人々に深く浸透してきたおかげで、能動的に探さなくても、自分と同じような興味を持っている人々との繋がりの中から、自分にとって価値のある情報がネットワークの向こうから勝手にやってくる時代に変わってきたのです。
ソーシャルメディア時代の情報の入り口は、マスメディアが仕掛ける「Attention(注目)」から、「人と人とのつながり」という従来からある人間関係によるものに変わりました。
情報の流れが変わったことにより、ソーシャルネットワークからの情報伝播が非常に重要になってきました。
そして、「Sympathize(共感)」こそが、そのソーシャルネットワーク上で情報が流通するための“流通貨幣”にほかならないというのが「SIPS」の理論です。
「共感」された情報は、受け入れられた後に「確認」され、レベルに応じた「参加」が行われます。そして、再度ソーシャルメディアへと「共有と拡散」がなされ、その情報に触れた次の人の「共感」へとつながり、循環することになります。
このレベルに応じた「参加」というものが、AIDMAやAISASのような「Action(行動)」ではないのは、SIPSでは必ずしも「購入」という行動を伴う必要がないためです。
「Participate(参加する)」の参加レベルには、そのコミット度合により、以下の4種に分類されています。
エバンジェリスト(伝道者)は、私的な応援サイトやコミュニティを作ったりするなど熱烈に応援し、自らの周囲へも積極的に奨めてくれる人々で、時には無償で商品やサービス改善のためのアイデアを熱心に出してくれる最も強力にコミットしてくれる人々です。
場合によっては競合他社を批判するなど攻撃的な行動を行う場合もあります。
ロイヤルカスタマー(支援者)は、商品やサービスを愛用し、継続的に利用してくれる上客と呼ばれる人々です。エバンジェリストほどではないものの、ソーシャルメディアで炎上するようなことがあると、擁護するような行動もとってくれる心強い顧客です。
ファン(応援者)は、商品やサービスを購入し、ソーシャルメディアに購入したことを好意的に投稿するくらいの行動は行ってくれる人々です。
ここまでが商品やサービスの「購入」という行動を伴います。
もうひとつの参加レベルが、「パーティシパント(ゆるい参加者)」と呼ばれるものです。
SIPSの「Participate(参加する)」フェーズにおける参加レベルの最も大きな特徴であるこの「パーティシパント(ゆるい参加者)」は、「いいね」を押して情報の共有をしてくれるなど、自らのネットワークを介した情報の流通を許したり、購入という行動はとらないものの応援・支援するようなポジティブな行動を行ってくれる人々です。
購入を伴わない形態が含まれるため、「Action(行動)」ではなく、「Participate(参加)」と呼称されています。
ソーシャルメディア時代におけるマーケティングでは、こうした消費者を巻き込んだ「参加」を促すための消費者の「共感」を得ることが重要です。
企業の場合、消費者の“価値観”に寄り添った企業活動、社会貢献活動を行い、普段から企業イメージを上げるための地道な活動とPR活動を続けることがポイントですし、商品の場合、商品力はもちろんのこと、普段からの広告、広報活動においては、消費者に共感されるような表現を行うことがポイントです。
しかし、消費者を騙すような表現を行ったり、反感を買うような行動を行ってしまうと、まったくの逆効果です。
「共感」が「参加」を経て「共有・拡散」へと繋がるように、「反感」もまた悪意からの(あるいは正義感からの)「参加」を経て「共有・拡散」へと繋がります。
それがいわゆる「炎上」です。
さて、ここで、先ほど紹介した初詣でのベビーカー利用自粛の立て看板による炎上事件の話に戻りましょう。
関連ツイートがToggeterでまとめられていますが、最初はその立て看板を見て一個人が発したTwitterによる画像付きのツイート(つぶやき)が発端です。(最初のツイートは当初の投稿時から修正されています)
ベビーカー利用者を排除するかのような立て看板の表現に、一個人が反感を持ったところから始まり、その反感への共感がそのつぶやきの共有(リツイート)の連鎖となって、波紋が広がるようにあっという間にソーシャルネットワーク上を拡散していきました。
そして、様々な人が様々な意見を投稿し、一部には立て看板を掲げたお寺さんを擁護する意見もありましたが、話題がどんどん展開して収拾の付かない状況になりかけました。
結局は、最初に紹介したようにお寺側の事情を取材したJ-CAST Newsの記事によって沈静化したのですが、この事例、SIPSというソーシャルメディア時代の新しい生活者消費行動モデルを通して見ると、2つのことが言えると思います。
一つは、お寺側の事情が知られていなかったことが、J-CAST Newsの記事が出るまでの間の炎上拡大に繋がったということ。
取材記事を読むと、元々は弱者への配慮からベビーカー優遇の措置を取っていたものの、それを悪用する人々の増加や事故の発生により、やむなくベビーカー利用自粛に至ったという事情が背景にあったことがわかりましたが、裏を返せば、その記事がなければ、そのような事情はわからないままであったということです。
ホームページやSNSなどでの普段からの情報発信や参拝者とのコミュニケーションの様子がネット上で可視化されていれば、そこまで大きく広がらなかったのではないかと思います。
それは、SIPSモデルでは、最初のS=Sympathize(共感する)と3番目のP=Participate(参加する)の間にI=Identify(確認する)というフェーズが存在することが示しています。
全員が全員「確認」というフェーズを踏む訳ではありませんが、J-CAST Newsがお寺側への取材を行って事情を確認したように、必ず「確認」する人はいますので、そこでしっかりとした普段からの活動が評価されれば、必ず擁護する人々も現れます。
そしてそれに「共感」する人々によってまた共有・拡散されますので、騒ぎもそれほど大きく広がることはないのです。
今回の事例では、普段からの活動は評価されるものであったけれども、普段からのネット上での適切な情報発信が行われていなかったばかりに、誰もが容易に確認できる手段がなく、炎上拡大に繋がったと言えます。
これは、ソーシャルメディア時代においては、正しい情報でなくても一気に広まる可能性を孕んでいるということです。
なので、普段からの情報発信・コミュニケーションが、非常に重要ということですね。
もう一つは、「共感」を得やすい表現は、共有・拡散されやすいということです。(今回は反感への共感や、その反感への反感など様々な要素が入り乱れてさらに炎上拡大したケースでしたが)
特に「反感への共感」の拡散スピードは、感覚値ですが、純粋な「共感」への拡散スピードよりも、数倍、場合によっては数十倍速いのではないかと思います。
現在では、そんな反感の拡散をも計算に入れて行われる「炎上マーケティング」というマーケティング手法も編み出されておりますが、諸刃の剣なので安易に行わない方がよいでしょう。
やはり、地道な活動を継続して行い、単なる消費者からゆるい参加者へ、さらには企業・商品の応援者・支援者・伝道者へとより強い結びつきを得られるように、普段からの正直な広報・PR活動を通した継続的なコミュニケーションを行うことが、消費者の信頼を勝ち得る王道だと思います。
そうして得た信用で強く結ばれた関係性を、ソーシャルメディアを通じて維持していくことこそが、ソーシャルメディア時代の次世代コミュニケーション成功の鍵になるでしょう。
今回も長くなってしまいました…。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。